オーディオAV 不感症


ステージ4 5年生存率・・・・



オーディオAV趣味の廃れがハンパない・・・・    ブッチャケ、感動が無い!


流行り廃れは、世の常・・・・其れが人間社会の本流、 そんな流暢な噺じゃ済まないよ、オーディオAV趣味の廃れは相当深刻!
癌の噺じゃないけれど、ステージ4で5年生存率ナンボで、10年生存率0(終了)、、、そんな噺をマジでする必要性を実感します
この噺、業界ではタブー、誰もしない、したがらない、皆口を塞ぐ・・・暗黙の了解で、沈み逝くタイタニックに乗り合わせた運命共同体・・・
口を開けば、自己批判、自己否定へと繋がり、ヘタすると、責任論にすら鳴ってしまう・・・・



人は正直です、感動が無ければ興味・関心が薄れ、欲しく鳴らない




感動が無ければ、拘りは起きず、嗜好品から実用品へと代わり、最期に価値が消滅する



聴ければ、見れればOK!


音楽なら旋律・リズムが、映画ならストーリーが分かればOK、旋律の好き嫌い、リズムがEE悪い、ストーリーが好き・嫌い、そんな噺でしかない・・・・



芸術・音楽や映画に感動や価値が無く鳴るワケがない・・・・


この仕事を選んだ時、世の中に音楽と映画が有る限り失業する心配はない・・・・と思いましたが、、、状況が変って北!
アキバを見れば一目瞭然、オーディオAV専門店が次々に消滅している・・・・スピーカー再生からヘッドホン再生へ変わったと認識していましたが・・・・
今やヘッドホンすら雲行きが怪しい、つまり、拘りが極端に減っている、、、大画面AVも相当ヤバい状況と云える



オーディオAVシステムは、再生装置であり、AV機器に人が感動するワケではありません



音楽や映画、つまり、作品の再生に依って作者の気持ちが伝わり感動


オーディオAVは電気信号、理由は分かりませんが、電気信号に人の気持ちが転写・記録され、再生時、聴覚・視覚により脳へ伝わり感動



音質・画質に感動では無く、再生時に作品に込められた気持ちが伝わり感動!



          其のための、オーディオAVシステム


ですから、高音質テスト信号聴いたり、高画質テストパターンを見て、テスト・チェックは出来ますが、感動しません



自動演奏ピアノや機械仕掛けのオルゴールそしてDTMと、人(名人・達人)が楽器演奏したモノでは、感動レベルに雲泥の違いがある


人には、楽器演奏や演劇・演技に気持ちを込められる能力があり、電気信号の録音・録画で気持ちを転写・記録可能
ドキュメンタリーやスポーツ真剣勝負も同様、感動に涙できる・・・・感動が伝わる!
想想、Lo−Fiと云われた電話での会話でも、人の気持ち(怒り・愛情・喜び)は十分に伝わる・・・・だったら、現代のオーディオAVはナンなのか?
気持ちが伝わって感動する、難しい問題に見えますが、、、電気信号の記録・再生に於いて、ナンも考えなくても普通に出来て北コトが、超ムズイ状況に変ってしまった・・・
カンタンな噺、昔レコード聴いて感動した音楽が有ったとして、同じ音楽をCDで購入して再生したら・・・・デショw
昔のオーディオは不自由でしたから、雑音含めて今とは比べモノに鳴らないほど・・・・逝ってみれば、我慢しながら聴いていたw



大前提として、人・作品が全てで、再生した時に、込められた気持ちが伝わるか否か



こんなコト、今更デショw だって其の為にオーディオAVシステムは進化して北!
先達の方々が苦労してアナログからデジタルへと変革し、高性能・高音質・高画質を実現して北!


1877年、エジソンが蓄音機を発明する以前は、音楽は生でしか体験できなかった、日本人から見ればバッハ・モーツァルト・ベートーベンなんて宇宙人だったし
西洋楽器なんて、音はおろか、カタチは絵でしか知られていなかった・・・・我々庶民の音楽と云えば、民謡・太鼓・笛・踊りが中心だった・・・・
たった140年前ですよ、世代で云えば3〜4世代前の噺・・・・


レコードが良くて、CDがダメ!  そんなケチな噺じゃない・・・



確かに、レコード聴けば、昔の臭いや感動(感覚)が思い出される部分がありますが・・・・雑音だらけで、相当我慢せなアカン・・・
最近じゃ、カセットやオープンリールまで復活している様ですが、、、昔を知るなら「アホか?」今更冗談じゃないw
言い換えると、オーディオ再生の肝・大トロ「あの日に帰りたい・・・」を皆さん老い求めている様に思えて鳴りませんw



高性能に馴れてしまったのか・・・・



不自由で低性能、我慢を強いられたから、その見返りとして感動できた?


高性能に鳴り杉、便利杉、手軽杉、結果として感謝・有難みが消滅、感動できない・・・・とも考えたコトがあります



だったら、ビンテージでシステム組めばOKなのか?



ノスタルジーとしてではなく、古き良きオーディオ時代の音を再現し、篤かったオーディオ再生の感動をもう一度!
現代オーディオにはない、遠い憧れだったオーディオ・サウンドの再現、伝説の名機・伝説のサウンドの再現


腐っても鯛、多少古くても、整備されコンディションがEE機器を集めてシステムを組めば、当時のサウンドが蘇るのか?



残念ながら・・・チンけな音しか出ません!



音は出ます、最新の機器とは違った世界なのは確かですが・・・・



憧れ・感動・満足、そんな世界にはホド遠く「こんな音だったのかよ!  何処がEEのよ!」



ココに深い闇がある・・・仕事柄、相当数の経験値がありますが、ビンテージで感動した経験はありません
90年代にマランツ7、マランツ9が復刻された時、欲しく鳴り、相当悩みましたが、購入しませんでした・・・・理由は音、機器を眺めて楽しむ趣味はありませんw
マランツにせよ、マッキンにせよ、鳴らない、、、確かに特徴・個性があるのは事実ですが、、、EEと思わない「こんなモンなの」「当時はコレ?」
俺だったら鳴らせるかも知れん! 上から目線で意気込みましたが、、、、自信が湧かずパスした経験があります。


紛れもない当時モノをキッチリ揃えて、システム組んでも、思う様なサウンドに鳴りません



音は味と同じで、聴けばスグ分かります、つまり、比較云々ではなく、美味しいか不味いか、もしくはナンも漢字ないか
美味しいモノは、専門的知識が無くても美味しいと誰でもワガルのと同じ、オーディオの音質比較なんて云うと難しく漢字るかも知れませんが・・・・超カンタンw
メンドウなのは、美味しく無いモノを並べて比較する場合で、細分化するために知識が必要、大抵の音質比較がコレ、大差無いのにグダグダw ツマラナイw
美味しさ・感動は、理屈ではなく、脳が勝手に喜び出す現象で、コントロール不能、ヤラセで感動は不可能、かと思えば突然大感動に襲われたり
音質比較は、この一点に絞ってヤレば、誰でもできるし、知識も要らないw 感動しないのに比較するからメンドウ&ツマラナイ



噺戻すと、ビンテージ(1970以前)オーディオは大した音じゃ無かったのか?



答えは、NO!



私自身が体験しています、体験したからこそ、今が有るワケでして、、、大したモンじゃ無ければ仕事になんぞしませんw
音のスペックで比べれば、大したモンじゃありませんが、オーディオ再生で音楽の素晴らしい感動を沢山貰い、心に刻み付けられた
若くてナンも知らなかったから、大した音でもないのに、勝手に感動したのでは?  とも考えた時期がありましたが、違います


逆に知らないからノーガード、イキナリ感動にブン殴られ、KO!    



オーディオ・ドランカーに鳴り、未だに酔いが醒めないw


確かに、大した音じゃ無かったのかも知れませんが、音楽家の思い・気持ちは十二分に伝わり、大感動できました
当時、こんな噺を聞いたことがあります・・・・高価なオーディオ装置は不要、AMラジオでも音楽の感動は伝わる・・・・AMラジオで音楽番組が沢山あったw
音質は数値化できないので、当時と今で比較はできませんが、感動レベルで云うと雲泥の差があります



当時のオーディオの売り方



オーディオ再生は感動が前提ベースに有ったので、例えばスピーカーを買いに行くと、好きな音楽を掛けて貰い(JAZZ/クラシック)感動が即始動w
スピーカーを予算に合わせ、パチパチと切替え、より感動が大きなモノを買うのよ・・・・当時は値段と音が比例していたので、ストップ掛けないと大変だった・・・・
金も無いのに、高価なスピーカー聴いちゃったら、家で音楽聴けなく鳴り、不幸が始まった・・・・
言い換えると、今はコレしか買えないけど・・・・将来はJBLのナンチャラ、タンノイのナンチャラ・・・・オーディオに目標(グレードUP)・憧れが存在した・・・・
世の中にEE音が溢れていて、オーディオが趣味として一般化していましたw



現代のオーディオの売り方



この方式は、40年前と同じ・・・・昔は通用しましたが、今じゃ無理・・・・違い云々ではなく、感動ZERO
違いを聴かせて、好みを選んで貰うのは正解ですが・・・・


感動がベースに無く、有るのは、聴き易いか否か


大音量ボツ! 小音量で嫌な音出さず、聴き易いのがイチバン・・・・感情移入して涙したり、感激で全身ゾクゾクして震えが止まらない、、ナンて、アリエナイw



音楽再生とは、音楽世界へのトリップ、録音現場へワープし、臨場感を漢字て、その場の感動を共有する手段、録音にはそれだけの情報量が含まれる


再生とは、録音現場の再現、音質云々ではなく、音楽家の情熱・思い・気持ち、そしてテクニックの全てを享受され、同化するコト



流行り廃れは、世の常・・・・最初に書きましたが・・・・オーディオAV趣味の廃れとは、
電化されSLが無く鳴りました、とか、自動車がエンジン(化石燃料)からモーター(電気)に変りました、そんな必然性のある流行り廃れとはワケが違う



音楽芸術が庶民と隔離される危機  オーバーだろw



とは言え、コレとて必然性なのかもしれない・・・・何故なら、庶民に音楽芸術は必要無いw


個々の捉え方ですが、「音楽が芸術だと思ってないし」「流行りの曲がタダで聴ければOK」「クラシック聴かないし」「オーバーじゃネ」かも知れませんw
つまり、庶民には音楽芸術の必要性が低い、猫に小判、馬の耳に念仏・・・・音楽じゃ腹一杯に鳴らんしw


日本固有の民族音楽



問題点を整理すると・・・・


1960〜70年代に掛け、オーディオ大ブームが起き、1980年代にCD登場をピークに徐々にブームが衰退・・・・2018遂に風前の灯と鳴った・・・・
其の原因は、オーディオ音楽再生で大感動が得られなく鳴り、本格的オーディオ再生に取り組む方が高齢化社会と共に極端に減少してしまった・・・



オーディオ売り場で、EE音しない、感動できない・・・



問題はココから・・・



何故、昔のオーディオは感動できたのか?  今はできないのか?



オーディオ規格は限りなく進化してきたハズだし、オーディオAV機器の信頼性含めた技術的・電気的性能も驚異的に進化、そしてローコスト化しました
40年前では絶対不可能だったスペックが、今じゃポータブル・オーディオでさえ遥に上を逝く・・・高性能化=高音質化ならば辻褄が合わない!
感動できれば、皆オーディオに興味を持つハズだし、絶対売れる!、 新たに始める方が後を絶たないデショw


最もシンプルで、最も重要なオーディオAV再生による感動



感動に知識やキャリアは必要無し、理屈無し、脳ダイレクトな喜びは無条件なハズ


この問題が解決しないと、5年後生存率は一桁でしょう。
永い間、試行錯誤しながら、感動できない問題の原因を考え続けて来ました


最大原因は、AC100Vの変質にあると考えています



オーディオ・スペックや回路、デバイス・部品は既に相当レベルの完成度だと思われます
しかし、それらの進歩を遥に上回るペースでAC100Vの悪化・劣化が進んでおり、結果として、現在のオーディオAVがあると考えています
この問題を皆で考え、解決する方法を確立する必要があると思います
最早、手遅れの感はありますが、私自身としては諦めるワケには行きません



場所に依って大きく異なるAC100Vの質(音質・画質)



日本全国、西と東で周波数の違いは有れど、AC100Vは全て同じ、だと思ってましたが・・・・現状、東京都内でも場所により大きく異なります
仕事柄、多数のインストール現場で音質・画質をチェックしていますが、同じ機器でも音質・画質が大きく異なります
言い換えると、音質・画質が予定通りに逝かず、キャリア・経験値スケールが現場で生かせませんw
例えば、アークスで実際のオーディオAV機器を視聴して頂き、同じモノをインストールすると、視聴して頂いた音質・画質が再現しません
良く鳴る分には、クレームに鳴りませんが・・・・問題は悪く鳴るケースが多いコト・・・・
例えば、アークスで視聴してOKだとします、お客様からワンランク上の機器にしたい「もっと良くしたい・・・」そんな時がヤバいのよw
期待値ハードルが上がっているのに、現場で結果が大きく下回ると・・・・・デショw


振り返ると25年前は、大きな違いを漢字ませんでしたが・・・・2007年位から違いを漢字はじめ・・・ココ数年はもの凄く劣化した様に漢字ます
ノイズに関して云えば、都会が不利で、田舎が有利、そんなイメージですが、、、経験値から話すと、EE都会とダメ田舎が混在しており、一概に云えません


大昔から、お店と家では音が違う 普通に語られていましたw


大筋として、お店はダメで、家はEE・・・・お店で選ぶと、家ならもっと良く鳴るよ、、、そんな噺でしたw


ところが今は、お店で選び様が無いほど酷く、家はもっとダメ!


お店で試聴してEEと思わないモノが、売れるワケない・・・・
20年位前から、スピーカー切替ではなく、厳選した1セットをキッチリ聴かせる試聴方法がありますが・・・・
残念ながら、欲しくて堪らなく鳴る音は出ません


大問題なのは、高価なシステムが真価を発揮できない!


憧れ・目標に鳴り得ない・・・・


金出して、こんなモンかよ!  つまり、感動できないのは致命傷!



即答で「コレ買います!」  30年前のオーディオ店では良くある光景でしたw




AVインポの犯人捜し



AC100Vの劣化・変質が、オーディオAV不感症の原因だとして、その犯人は誰よ!


振り返って見ると、2000年位までは場所によるAC100V違いはあまり漢字ませんでした、つまり、システムが同じなら、音質・画質の差は殆ど漢字ませんでした
言い換えると「変るワケない、AC100Vは何処でも同じに決まっている」信じていましたw 但し、昼と夜、工場地帯と住宅地では違いましたが・・・・



AC100V性善説、誰もAC100Vを疑わない


家中の家電製品にマイコンが内蔵され、スマホ・PCの普及で世の中デジタルだらけ、AMラジオが窓際でしか使えないとか、デジタル普及による電磁波汚染が犯人
だと考えていましたが・・・・だとすると、デジタル普及による連帯責任であり、犯人像がイマイチ見えない・・・・
数値化できないので、私個人の感覚でしかありませんが・・・・東北大震災以降、ココ7〜8年の劣化が特に酷いと漢字ています
人は馴れるので、劣化・変質しても気付かない・・・・音質・画質なんてオーディオAVマニアしか気にしないので、尚更ですわ
裁判でも起きれば、世の中で話題に鳴るかも知れませんが、、、アリエナイし
結果として、オーディオAV趣味の大きな廃れとして表れても、業界全体が問題意識を持たない現状では如何にも鳴らんデショw
AC100Vが劣化・変質したなら、製造者である電力会社の責任かも知れませんが、発電方法は昔から同じデショw
原発が悪いと云っても、殆ど稼働していない現状を見ると、犯人とは言い難い・・・・だったら、犯人は誰よ!



電力会社の性にすると、不毛ですから



電気を使う側(我々)、使い方に犯人が居る





     犯人はデジタルTV



AC100Vの劣化・変質が特に酷く鳴り始めた時期、音質・画質の不感動、オーディオAVの廃れ、世の中の変化を振り返ると・・・・


TVのデジタル化、デジタルTVの販売台数増加(普及)とAC100Vの劣化・変質した時期が一致



デジタルAV機器の中で音質劣化最大の元凶は、デジタル・プロジェクター



ノイズ対策を永年行って来て、ワガッタことは、デジタル・プロジェクターが音質劣化の諸悪の根源(元凶)



デジタル・プロジェクターにノイズ対策を行うと画質じゃなく、音質「バァ〜〜ン!」


もちろん、画質向上もしますが、呆れるホド音質向上するんよw
言い換えると、プロジェクターがノイズ源となり、AC100Vへノイズを盛大に逆噴射してる、ツウ噺w


デジタル・プロジェクターは巨大ノイズ発生器


AVサラウンドとピュアオーディオの音質差は、三管プロジェクター当時から云われ続けて来ました
原因としては、AVサラウンド自体がダサい、イマイチ、AVアンプがトロイなど云われてましたが、一部でプロジェクターが原因だと囁かれていましたw
当初「言い掛かりだろ!」と考えていましたが、デジタル・プロジェクターを使う様に鳴り、ノイズ対策を始めて、身に沁みましたw  コレは酷い!



デジタル・プロジェクターとデジタルTVは同じ   だよなw



地上デジタル放送開始から世の中にデジタルTVが爆発的に増加しましたw
一体、AC100Vのノイズ源は何なのか、永らく考えて来ましたが、断定・特定できませんが、デジタル・プロジェクターの件を考えると・・・
AC100Vノイズの発生源は、デジタルTVかも知れません・・・・4KTVの普及など、近年特に酷いと漢字ます   そして、配信TVの普及も・・・・



4Kデジタル放送はヤバいかも・・・・ 


今年12月から、BS4Kデジタル放送が始まります・・・・IFは3.2GHzと高く、漏洩電波の問題が云われていますw
漏洩電波=放射電波であり、電波の相互干渉そのもの、WiFiや電子レンジが大きなノイズ源に鳴るし、オーディオAVも遣られるよ・・・
デジタル機器の普及により、AC100Vラインへのノイズ逆流が大きな問題であり、機器台数を考えると、デジタルTVがノイズ源だと思います
地デジ化で圧倒的に増えたデジタルTV、特にローコスト製品はノイズ対策が甘い上、台数がハンパ無いので堪りませんw



オーディオAV趣味の5年生存率は限りなく0へ・・・・



3年掛けて、AC100Vフィルターを開発しました・・・・その間にもオーディオAV不感症は進行した様ですが・・・・
最近の「整流どん」デラックスや直Lなど、オーディオAV媚薬もその効果がキッチリ確認できるまでに鳴りましたw
進行するオーディオAV不感症を見過ごすワケには逝きません!


今後、従来のような高級オーディオAV機器が開発される見込みはありません


一部、テクニクスの様なリバイバル企画はあると思いますが・・・・
廃れてダメに鳴る、ツウ噺と混同しないでください、つまり、技術的・部品的に飽和しているので、新しい切り口が無いのです。
古く鳴ったから新しくしよう、そんな噺で、目を瞠る新技術が見当たらない・・・・お手軽・簡略路線はありますが、究極の拘りとかはナッシング
オーディオ再生と感動がリンクしない世代が大勢を占める時代がやって来る、イヤ、現在進行形ですわ


一寸、マッタ!


私が1マニアだったら、大勢の変化に対し、贖う事はしない、出来ないでしょう
しかし、私はマニア(趣味)を超え、人生の仕事として、オーディオAVを選びました(選ばせて頂きました) 廃れるなんぞ、考えもしませんでした
ブッチャケ、私が死んだ後のコトは如何にも鳴りませんが、感動が消え、同時進行で廃れ消えて逝くオーディオAVは見るに堪えない!  許せない!